愛媛の『これ』は何だろう? 〜御用櫃を頭に載せて行商していた女性たちの記憶②〜

Teacher

 前回は「おたたさん」という名称の由来として言い伝えられている「瀧姫伝説について紹介しました。

Takashi

 「瀧姫」が「おたたさん」になる話は面白かったですね。

Teacher

 今回は、その後の「おたたさん」の活動について、一つのエピソードを紹介します。それでは始めましょう。

Part.2 松山城築城とおたたさん 〜日招八幡神社のおとよ石〜

Teacher

 Takashi君は「おとよ石」について知っていますか?

Takashi

 いいえ、分かりません。

Teacher

 この石です。「おとよ」というおたたさんの名前が付けられています。

おとよ石
Takashi

 結構大きい石だ!石の中央辺りに何か刻まれていますね。何だろう?

Teacher

 「丸に二の字」が刻まれているのが見えますね。これは、家紋を刻んだものなのですよ。

Takashi

 石に家紋を刻むというのはどういうことですか?

Teacher

 実は、加藤嘉明が松山城を築城する際、各大名から石垣用の石が松前港へ送られてきたのですが、これはその一つなのです。

Takashi

 なるほど、これは加藤嘉明が松前城から松山城へと移る時のエピソードなのですね。

Teacher

 はい。「おとよ石」の話の前に、その話をしておかなければいけませんね。

① 加藤嘉明、松前城築城

加藤嘉明公像〔松山城ロープウェイ乗り場付近〕
Teacher

 松前城の起源は明らかではありませんが、平安時代初期に軍事交通の要衝であった金蓮寺の境内に砦が設けられたのが始まりだとされています。

Teacher

 金蓮寺の歴史について、松前町教育委員会が境内に設置した解説板を引用しましょう。

金蓮寺の歴史

 真言宗智山派に属し、山号を玉松山、院号を十二光院といい、本尊は海上より出現したと伝えられる薬師如来像である。古くは、性尋寺と呼ばれ、定善寺など7ヶ寺の末寺を有する中本山であった。

 大同3年(808)河野氏の開創で、貞観元年(859)玉生八幡神社の大別当に任せられ、寛喜3年(1231)唐僧明海上人が中興開基し、同年後堀河天皇ご病気の時に弘法大師自筆の千手観音を修法したところ、たちまち病気が全快せられたので、天皇の祈願道場となった。明応2年(1493)には河野教通が「金蓮寺禁制」を掲げて寺領を定めた。文禄4年(1595)加藤嘉明は松前入封に際し、金蓮寺を当地に移して跡地に松前城を築城したと伝えられている。寛政7年(1795)には遊行上人一行の昼食休憩所隣時宗との関係が深くなっていった。

 当寺は、矢取川伝説で有名な大森彦七が猿楽を催した寺でもあり「龍燈の松」の伝説も伝えられ、義農作兵衛の菩提寺としても知られている。現在、伊予十二薬師霊場第九番札所となっている。

Takashi

 金蓮寺はもともと松前城碑がある場所にあったのですね。

Teacher

 そのようですね。松前城碑がある場所を写真とともに確認しましょう。

Teacher

 慶長5〔1600〕年の関ヶ原の戦いの際、加藤嘉明は徳川家康の東軍に従って出征し、その功によって20万石を与えられます。松前統治の頃は6万石でしたから、数多くの家臣を抱えることとなり、松前城では手狭となりました。

Takashi

 それで松山城に移ることになったのですね。

Teacher

 そうです。勝山の地に城を築くことが幕府によって認められ、廃城となった松前城からは石垣や門などが移築されました。筒井地区にある城門の柱の跡については前回紹介しましたね。

松前城の城門の柱跡〔松前町筒井〕
Takashi

 そういえば、松山城の城門の一つに筒井門がありますね。もしかして、この時に移築されたものですか?

Teacher

 そうです、この門ですね。

Takashi

 この門です!天守閣へ行く時にこの門をくぐりました。

Teacher

 残念ながら移築当時のものではありません。昭和24〔1949〕年の不審火によって焼失してしまったので、現在の門は昭和46〔1971〕年に再建されたものです。

Takashi

 昭和24年といえば法隆寺金堂が焼失した年ですね。さらにその翌年には金閣寺も焼失しています。

【参考①】ニッポン旅マガジン 松山城・筒井門

【参考②】東京消防庁ホームページ 文化財防火デーの契機となった法隆寺金堂火災

【参考③】京都・亀岡保津川下りホームページ 金閣寺が焼失して70年

Teacher

 本当に残念な出来事ですね…。松山城築城に話を戻しましょう。この時、松前の港には築城のため各大名から送られてきた石垣用の石が山のようにあり、毎日たくさんの「おたたさん」が魚の代わりにこれらの石を頭に載せ、松前から松山まで運んだのです。

Takashi

 「おたたさん」が運んでいたのですか?かなり重いですよ!

Teacher

 確かにそうですね。しかし、この功により、「おたたさん」は「御用櫃」の焼き印が入った桶を頭上に乗せ、松山城下に魚の行商に来ることが許されました。松山城の城門に入るのも自由だったと言われています。

Takashi

 なるほど、商業権の獲得という大きな目的があったのですね。

Teacher

 こうした活動の中で起きた悲劇を現在に伝えてくれるものが「おとよ石」なのです。

② 「おとよ石」の伝説と松前の発展

おとよ石
Takashi

 この石とおとよさんとはどのような関わりがあるのですか?

Teacher

 日招八幡神社に設置された解説板の文章を見てみましょう。

おとよ石

 昔、松山城が造られたころのことなんよ。松前の港には、大名から送られた紋入りの石垣用の石が山のようにあってな。この石を、毎日たくさんのおたたさんが頭にのせて、松山へ運びよった。その中の一人、おとよは長い勤めじゃけん疲れきっとったけど、その日も勤めに出たんよ。一つ丸に二の字の入った石は、大きいので、だれも顔を見合わせて運ばなんだ。ほやけどおとよは、

 「私が勤めましょう。」

と言うたんよ。みんなは、止めたけんど、

 「これくらいのことがでけんようでは、御城主様にすまん。」

と言うて運び始めたんよ。

 出合を過ぎるへんからおくれがちになって、よろめいとった足も、日招神社のところまで来て、とうとう前に進まんようになって、倒れてしもたんよ。

 それで、このけなげなおとよをあわれんで、その石を、「おとよ石」といい、この神社に残すことにしたんよ。

    「松山のむかし話」

日招八幡神社

【日招八幡神社へのアクセス】

Takashi

 他のおたたさんが運ぶのを避けようとするぐらい、この石は大きかったのですね。そして、疲れているにも関わらず運んだことで、おとよさんは亡くなってしまったのか…。何ともいえない悲しい話ですね。

Teacher

 そうですね。先ほども紹介した通り、こうした功績から、松前の「おたたさん」は松山城下での商業圏を獲得することができたのです。

Takashi

 なるほど。「おたたさん」にとってはよかったのですね。

Teacher

 「おたたさん」だけではありません。加藤嘉明は松山城へ移った後も松前の人々を大事にしました。下の地図にその証拠がありますよ。

Takashi

 えっ、松山市内に「松前町」があるのですか?

Teacher

 はい。これは、加藤嘉明が松前の商人たちを集住させた名残です。

Takashi

 なるほど!加藤嘉明は、これまでの松前の人々との繋がりを大事にしたんですね。

Teacher

 はい。さらに、藩政時代を通じて、松前の人々に次の特権が与えられていました。

  • 重要港湾としての松前港の役割は継続。
  • 松前の漁民たちが公儀御用船の水主を務めた。
  • 米の積み出しも松前の漁民たちが行った。
  • 領内ならどこでも勝手に漁獲してもよい特権が付与された。
Takashi

 かなりの厚遇ですね。

Teacher

 その通りです。こうして、藩政時代を通じて松前はさらに発展しました。特に浜村〔現松前町浜付近〕は大洲街道(現県道22号)と砥部街道(現県道214号)が交差する位置にあり物資の集散地となること、元禄年間の新田畑の開発によって農家が移り住んだことなどもあり、人口が次第に増加していきました

Takashi

 では、おたたさんの数も増えていったでしょうね。

Teacher

 明治時代以降もさらに発展します。簡単にまとめましょう。

【明治時代】遠隔地行商として砥部焼を主とした「からつ船」による陶磁器行商開始

【大正時代】瀬戸内海を渡って遠隔地まで行商する「かんづめ行商」へと発展

Takashi

 行商の範囲はどこまで拡大したのですか?

Teacher

 はい。戦前には日本全国、さらに樺太、満州、台湾、中国内陸部までかんづめ行商が行われ、珍味をさらに普及させたそうです。

Takashi

 松前の人々の行商はかなりの範囲に拡大していたのですね。

Teacher

 その通りです。松前の商業発展の記憶を現在に伝えるものとして、浜地区の住吉神社境内には「砥部焼窯元寄付者芳名記念碑」が、松前港天保山には「珍味発祥之地碑」がそれぞれ建立されています。

Takashi

 よく分かりました。

Teacher

 それでは今回はここまでにしましょう。次回は松山近郊での「おたたさん」の行商の実態についてお話しします。


⇦ ① おたたさんの由来 〜瀧姫伝説〜

③ おたたさんと行商 〜地域の方々の証言から〜 ⇨

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