愛媛鉄道の軌道跡をたどろう① 大洲市春賀にある煉瓦造りのアーチ橋

Teacher

 Takashi君、かつて大洲-長浜間を走っていた愛媛鉄道の遺構を見つけましたよ。

Takashi

 煉瓦造りの見事なアーチ橋ですね。これはどの辺りにあるのですか?

Teacher

 大洲市です。JR予讃線の春賀駅と五郎駅のちょうど中間辺りにあります。地図で場所を示しましょう。

Takashi

 この煉瓦橋は非常に小さいですよね。鉄道はどこを走っていたのですか?

Teacher

 この煉瓦橋の上です。橋の下を流れる川は山高川といいます。別の角度からも撮影しましたので、見てみましょう。

愛媛鉄道の遺構 -山高川に架かる煉瓦アーチ橋-
Teacher

 これは、上の写真の反対側から撮影したものです。

Takashi

 こちら側の方が、アーチ形の形状がはっきり分かりますね。上にある緑色の鉄橋は予讃線のものですね。

Teacher

 そうです。

Takashi

 だとすると、線路の方向が愛媛鉄道とJR予讃線とでは若干違っていたのですね。

Teacher

 そうです。別の角度から撮影した写真がもう1枚あります。こちらも見てください。

愛媛鉄道の遺構 -山高川に架かる煉瓦アーチ橋-
Teacher

 この角度から見ると、愛媛鉄道の鉄道が走っていた方向を想像しやすいですね。

Takashi

 先生、現在の予讃線の軌間と比べるとかなり狭いように思うのですが?

Teacher

 その通りです。愛媛鉄道は軽便鉄道として敷設されましたから、軌間762mmでした。

Takashi

 軌間762mmといえば、開業当初の伊予鉄道と同じですね。

Teacher

 そうです。

【参考】伊予鉄道の歴史① 伊予鉄道の創業と小林信近

Takashi

 この煉瓦橋はコンクリートで補修されていますね。かなり古い時期に造られたのではありませんか?

Teacher

 はい。愛媛鉄道の開業は大正7〔1918〕年のことですから、今から103年前のことになります。

Takashi

 103年前!そんな古いものがよく残されていましたね。

Teacher

 そうですね。愛媛鉄道は昭和8〔1933〕年に国鉄〔現JR〕に買収されるまで15年間営業を続け、大洲-長浜間及び大洲-内子間の二つの路線がありました。

Takashi

 昭和8年買収ということは、かつて教えていただいた宇和島鉄道と同じ時期ですね。

【参考】知って欲しい!旧日吉村初代村長 井谷正命氏のこと②

Teacher

 そうです。私が確認しているのは大洲-長浜間の遺構のみですが、この煉瓦アーチ橋以外にいくつもの遺構が現在も残されています。

Takashi

 えっ、そうなのですか?どこにあるのか知りたいです。

Teacher

 分かりました。では、次回は愛媛鉄道の歴史について紹介しましょう。今回紹介した煉瓦アーチ橋については、多くの方がブログに掲載されています。リンクを貼っておきますので、そちらも確認してみてくださいね。

Takashi

 はい、分かりました。

【参考】ブログ「間口は広いが奥行き無し」大洲市春賀 ミニレンガアーチ橋

【参考】ブログ「レトロ旅えひめ巡り」小さなレンガのアーチ橋

【つづく…】

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