二宮金次郎像 探索の旅18 〜伊方町をゆく〜


伊方町内において10体の二宮金次郎像の存在を確認しています〔令和8年8月現在〕。調査結果を表にまとめましたのでご覧ください。


現伊方町は、平成17(2005)年に旧伊方町・瀬戸町・三崎町が合併し誕生しました。それでは、伊方町内にある二宮金次郎像を旧町ごとに紹介していきます。どうぞご覧ください。
伊方町内にある二宮金次郎像① 〜旧伊方町〜
伊方町立伊方小学校




【二宮金次郎像データ】
| 寄 贈 年 : 昭和55(1980)年6月 |
| 寄 贈 者 : 兵頭 寛一 |
| 銘 文 : なし |
| 材 質 : コンクリート製 |
| 製 作 者 : 兵藤 寛一 |
| 兵頭寛一氏は、娘さんの交通事故を機にコンクリート像を製作し、町内外に寄贈された方です。 |
【アクセス】
伊方町立水ヶ浦小学校
【参考】水ヶ浦小学校は令和元(2019)年に伊方小学校へ統合され、閉校しました。


【二宮金次郎像データ】
| 寄 贈 年 : 昭和63(1988)年3月 |
| 寄 贈 者 : 米内 忠孝 |
| 銘 文 : 勤勉/報恩 |
| 材 質 : 石製 |
| 製 作 者 : 不明 |
【アクセス】
伊方町内にある二宮金次郎像② 〜旧瀬戸町〜
伊方町立三机小学校



【二宮金次郎像データ】
| 寄 贈 年 : 初 代 昭和14(1939)年2月 → 昭和16(1941)年2月 供出 二代目 昭和29(1954)年3月 昭和56(1981)年3月、現在地に移転 |
| 寄 贈 者 : 初 代 不明 二代目 不明 |
| 銘 文 : 校訓 あかるく つよく やさしく 孝百行之本 |
| 材 質 : 初 代 銅製 二代目 銅製 |
| 製 作 者 : 不明 |
| 「孝百行之本(こうはひゃっこうのもと)」とは、儒学書『白虎通』の中にするされている言葉です。この書は、後漢の第3代皇帝・章帝が学者を集めて五経(授業の五つの経典)の解釈を討議させてまとめたもので、「子として親を大切にしたり、親に接するように人を大切に扱うことは、あらゆる善い行いの基本である。」という教えです。 |
【アクセス】
瀬戸町立川之浜小学校
【参考】川之浜小学校は平成15(2003)年に大久小学校に統合され、閉校しました。跡地は現在、「高齢者総合福祉施設 瀬戸あいじゅ」として活用されています。





【二宮金次郎像データ】
| 寄 贈 年 : 昭和32(1957)年10月1日 ※ 学校新築を記念して建立 |
| 寄 贈 者 : 阿部 長治 |
| 銘 文 : 以徳報徳 一木喜徳郎 書 |
| 材 質 : 銅製 |
| 製 作 者 : 陽峯 |
【参考】ヨシゾーの漫遊記 瀬戸町立川之浜小学校跡をめぐる
【アクセス】
瀬戸町立三机第二小学校
【参考】三机第二小学校は、昭和52(1977)年に大江小学校とともに三机小学校に統合され、閉校しました。跡地は現在、「瀬戸グループリビングほのぼの苑」として活用されています。






【二宮金次郎像データ】
| 寄 贈 年 : 昭和23(1948)年9月 |
| 寄 贈 者 : 同窓會 |
| 銘 文 : 報徳 |
| 材 質 : 石製 |
| 製 作 者 : 不明 |
【アクセス】
瀬戸町立田部小学校
【参考】田部小学校は昭和54(1979)年に大久小学校に統合され、閉校しました。




【二宮金次郎像データ】
| 寄 贈 年 : 昭和19(1944)年1月 |
| 寄 贈 者 : 久世 亀松 |
| 銘 文 : 孝ハ百行ノ本 |
| 材 質 : 不明 |
| 製 作 者 : 不明 |
| 像は失われ、台座のみが残されています。 |
【アクセス】
瀬戸町立神崎小学校
【参考】神崎小学校は昭和55(1980)年に大久小学校に統合され、閉校しました。





【二宮金次郎像データ】
| 寄 贈 年 : 不明 |
| 寄 贈 者 : 不明 |
| 銘 文 : 不明 |
| 材 質 : 銅製 |
| 製 作 者 : 不明 |
| 現在、像は瀬戸町民センター内に設置されています。 |
【二宮金次郎が読んでいる本は?】

儒教の経書の一つ『大学』です。ページには次の文が刻まれています。
一家仁 一国興仁
一家譲 一国興譲
一人貪戻 一国作乱
其機如此
これを現代語訳すると、次のようになります。
「一人ひとりが思いやりや慈しみの心を持てば、みんなこぞってその心になり、一人ひとりが自らへりくだった謙虚な気持ちを持てば、みんなこぞってその心となり、一人ひとり自分だけの利益だけを考えて、間違ったことをすれば、みんなこぞってその心となって社会は乱れ、人々は争い始める」
生きる上で人が守るべきは何かを教えてくれているのです。
【参考】ヨシゾーの漫遊記 瀬戸町立神崎小学校跡をめぐる
【アクセス】
伊方町内にある二宮金次郎像③ 〜旧三崎町〜
三崎町立釜木小学校
【参考】釜木小学校は、昭和52(1977)年に松小学校とともに二名津小学校に統合され、閉校しました。








【二宮金次郎像データ】
| 寄 贈 年 : 不明 |
| 寄 贈 者 : 不明 |
| 銘 文 : なし |
| 材 質 : 陶製 |
| 製 作 者 : 不明 |
【参考】ヨシゾーの漫遊記 三崎町立釜木小学校跡をめぐる
【アクセス】
三崎町立名取小学校
【参考】釜木小学校は平成15(2003)年に二名津小学校に統合され、閉校しました。






【二宮金次郎像データ】
| 寄 贈 年 : 昭和14(1939)年10月 |
| 寄 贈 者 : 川名 乙重 |
| 銘 文 : 二宮尊徳先生幼時之像 |
| 材 質 : 陶製 |
| 製 作 者 : 岡山縣和氣郡伊部窯元 本家 興樂園 友敬 作 |
【参考】ヨシゾーの漫遊記 三崎町立名取小学校跡をめぐる
【アクセス】
三崎町立松小学校
【参考】松小学校は、昭和52(1977)年に釜木小学校とともに二名津小学校に統合され、閉校しました。跡地は現在、ミツバチの飼育場として活用されています。




【二宮金次郎像データ】
| 寄 贈 年 : 昭和15(1940)年 |
| 寄 贈 者 : 松本喜ヱ門 |
| 銘 文 : 二宮尊徳先生幼時之像 子爵 齋藤 實 書 |
| 材 質 : 陶製 |
| 製 作 者 : 岡山縣和氣郡伊部窯元 本家 興樂園 友敬 作 |
【アクセス】

いかがでしたか。この他にも二宮金次郎像がある場所を知っているという方は、コメント欄にてお知らせください。よろしくお願い致します。
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