二宮金次郎像 探索の旅02 〜新居浜市をゆく〜


新居浜市内において、現在立入禁止となっている四阪島を含め11体の二宮金次郎像の存在を確認しました〔令和8年8月現在〕。調査結果を表にまとめましたのでご覧ください。


新居浜市では、国道11号から南側を「上部」、国領川以西を「川西」、国領川以東を「川東」と呼び区分しています。それでは、各小学校にある二宮金次郎像を地区ごとに見ていきましょう。
新居浜市内にある二宮金次郎像① 〜上部地区〜
新居浜市立中萩小学校



【二宮金次郎像データ】
| 寄 贈 年 : 不明 |
| 寄 贈 者 : 不明 |
| 銘 文 : 報徳 |
| 材 質 : コンクリート製 |
| 製 作 者 : 不明 |
【アクセス】
新居浜市立船木小学校




【二宮金次郎像データ】
| 寄 贈 年 : 昭和15(1940)年 紀元二千六百年記念に建立 |
| 寄 贈 者 : 宇野喜壽馬 |
| 銘 文 : 不明 |
| 材 質 : 石製 |
| 製 作 者 : 不明 |
| 「紀元二千六百年」とは、初代の神武天皇が即位して2600年目という意味です。全国を挙げて様々な行事が行われ、二宮金次郎像の寄贈も多く行われました。 |
【アクセス】
新居浜市内にある二宮金次郎像② 〜川西地区〜
新居浜市立宮西小学校






【二宮金次郎像データ】
| 寄 贈 年 : 昭和28(1953)年9月 |
| 寄 贈 者 : 不明 |
| 銘 文 : 二宮尊徳先生幼時之像 |
| 材 質 : 陶製 |
| 製 作 者 : 岡山県和氣郡伊部窯元 興樂園 |
【アクセス】
新居浜市立新居浜小学校



【二宮金次郎像データ】
| 寄 贈 年 : 不明 |
| 寄 贈 者 : 不明 |
| 銘 文 : 二宮尊徳先生幼時之像 |
| 材 質 : コンクリート製 |
| 製 作 者 : 不明 |
なぜ草鞋?
無駄をなくし慎むこと(分度)で生まれた「余剰」を他の者に譲ること(推譲)が『報徳記』(金次郎の弟子、富田高慶が記す)の中で説かれている。「わらじの像」はその象徴である。
【アクセス】
グループホーム はなれ茶屋





【二宮金次郎像データ】
| 寄 贈 年 : 平成16(2004)年9月29日 |
| 寄 贈 者 : 不明 |
| 銘 文 : 二宮金次郎 |
| 材 質 : 石製 |
| 製 作 者 : 不明 |
【アクセス】
新居浜市内にある二宮金次郎像③ 〜川東地区〜
新居浜市立高津小学校



【二宮金次郎像データ】
| 寄 贈 年 : 不明 |
| 寄 贈 者 : 不明 |
| 銘 文 : 勤倹譲 |
| 材 質 : 不明〔像なし〕 |
| 製 作 者 : 不明 |
| 「勤倹譲」とは、二宮尊徳の思想の根幹をなす行動原則で、それぞれ次のような意味です。 「勤」:勤勉に働き、新たな価値や成果を生み出すこと。 「倹」:生み出した価値を無駄なく管理し、効率化を図ること。 「譲」:生み出した余剰を、未来の成長や社会のために再投資すること。 |
【アクセス】
新居浜市立垣生小学校




なお、台座には明治44(1911)年に文部省が制定した尋常小学唱歌「二宮金次郎」の歌詞と楽譜が記されていました。

【二宮金次郎像データ】
| 寄 贈 年 : 不明 |
| 寄 贈 者 : 東京在住 香川 夏平 |
| 銘 文 : 報徳 |
| 材 質 : 銅製 |
| 製 作 者 : 不明 |
【アクセス】
新居浜市立神郷小学校


【二宮金次郎像データ】
| 寄 贈 年 : 昭和11(1936)年 |
| 寄 贈 者 : 不明 |
| 銘 文 : 徳化 |
| 材 質 : 像なし |
| 製 作 者 : 不明 |
| 写真の野口英世像は、昭和35(1960)年に二宮金次郎像跡に建設されたものです。 |
【アクセス】
新居浜市立多喜浜小学校

【二宮金次郎像データ】
| 寄 贈 年 : 不明 |
| 寄 贈 者 : 不明 |
| 銘 文 : なし |
| 材 質 : コンクリート製 |
| 製 作 者 : 不明 |
| 平成11(1999)年7月、二宮金次郎像を現在地に移転しました。 |
【アクセス】
※ 高津小学校の二宮金次郎蔵は、撮影完了次第掲載いたします。
新居浜市内にある二宮金次郎像④ 〜島嶼部〜
新居浜市立大島小学校
【参考】大島小学校は平成20年に休校となり、平成25年に廃校が決まりました。跡地は現在、大島交流センターとして利用されています。







【二宮金次郎像データ】
| 寄 贈 年 : 昭和34(1959)年3月 |
| 寄 贈 者 : 昭和11年度卒業生 |
| 銘 文 : 二宮金次郎先生之像 |
| 材 質 : 銅製 |
| 製 作 者 : 鉄堂 |
| 製作者「鉄堂」は明治時代から大正時代にかけて石川県及び富山県で活躍した彫刻家、村上九郎作(1867〜1919)のことで、彼は「鉄堂」を雅号として作品製作を行っていました。石川県小松市京町に生まれ、明治20(1887)年に第2回勧業博覧会に出品、翌年24歳で石川県立工業学校の教師となりました。同26年に渡米して翌年帰国、高岡工芸学校の教師となり、続いて校長に就任しました。 |
【参考】たびびとチャンネル 伊予水軍初代頭領「村上義弘」生誕の島【ドローン空撮】愛媛県新居浜市大島
【アクセス】
宮窪町立四阪島小学校
四阪島小学校は昭和52(1977)年に宮窪町立宮窪小学校に統合され、閉校しました。令和3(2021)年3月、日暮別邸記念館が四阪島から新居浜市に移設されたことに伴い、二宮金次郎像も移設されました。







【二宮金次郎像データ】
| 寄 贈 年 : 昭和12(1937)年3月 |
| 寄 贈 者 : 西原 強平 |
| 銘 文 : 二宮尊徳先生幼時之像 |
| 材 質 : 銅製 |
| 製 作 者 : 不明 |
【参考】愛媛県教育委員会編『臨海都市圏の生活文化』 ※ 四阪島小学校閉校時の記憶が綴られています。
【アクセス】
【日暮別邸記念館】
【アクセス】

いかがでしたか。この他にも二宮金次郎像がある場所を知っているという方は、コメント欄にてお知らせください。よろしくお願い致します。
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