二宮金次郎像 探索の旅01 〜四国中央市をゆく〜

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 四国中央市において、20体の二宮金次郎像の存在を確認しました〔令和8年8月現在〕。調査結果を表にまとめましたのでご覧ください。

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 四国中央市は、平成16年4月1日に川之江市・伊予三島市・土居町・新宮村の2市1町1村が新設合併して誕生しました。それでは、各小学校等にある二宮金次郎像を見ていきましょう。

四国中央市内にある二宮金次郎像① 〜旧土居町〜

四国中央市立関川小学校

【二宮金次郎像データ】

 寄 贈 年 : 昭和13(1938)年1月 
 寄 贈 者 : 本村 眞鍋 祝一
 銘   文 : 二宮尊徳先生之像
 材   質 : 陶製
 製 作 者 : 小西陶古
 小西陶古は、初代小西陶古が昭和元(1926)年に木炭を使用した「桟切(サンギリ)」の製法を確立し、同年に設立した備前焼の窯元。像の支え部分に刻まれた「備前 陶古造」との陶印は、初代小西陶古が製作したことの証。二代目以降の陶印は「備前 陶古」である。

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四国中央市立土居小学校

【二宮金次郎像データ】

 寄 贈 年 : 不明
 寄 贈 者 : 不明
 銘   文 : なし
 材   質 : 石製
 製 作 者 : 記載なし

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四国中央市立長津小学校

【二宮金次郎像データ】

 寄 贈 年 : 不明
 寄 贈 者 : 不明
 銘   文 : 報徳
 材   質 : 陶製
 製 作 者 : 小西陶古
 二宮尊徳の思想や方法論を「報徳」と呼んでいます。これは、「万物にはすべて良い点(徳)があり、それを活用する(報いる)」という彼の思想に対して、小田原藩主・大久保忠真から「汝のやり方は、論語にある以徳報徳(徳をもって特に報いる)であるなあ。」とのお言葉をいただいたことによります。

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土居町立天満小学校

【参考】天満小学校は昭和41年に蕪崎小学校に統合されました。跡地は現在、天満公民館として利用されています。なお、初代の金次郎像は昭和17年に金属供出されたそうです。

【二宮金次郎像データ】

 寄 贈 年 : 初 代  昭和12(1937)年1月
         二代目  不明
 寄 贈 者 : 初 代  福岡縣直方市 松木寿一郎
         二代目  山中 明(上天満出身)
 銘   文 : 二宮尊徳先生幼時之像
 材   質 : 初 代  銅製
         二代目  石製
 製 作 者 : 記載なし
 寄贈者の氏名は、像の右側に建てられている石柱の文字及び天満公民館刊『天満・天神 学問の里巡り』による。

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四国中央市内にある二宮金次郎像② 〜旧伊予三島市〜

四国中央市立豊岡小学校

【二宮金次郎像データ】

 寄 贈 年 : 昭和18(1943)年 ※ 昭和15年か?
 寄 贈 者 : 村上 森吉氏ら9名(大正七年度卒業生建立)
 銘   文 : 報徳
 材   質 : 陶製
 製 作 者 : 記載なし
 寄贈年については、Yamaji-LOG「豊岡学校と今城神社 今昔物語」には昭和18年建立と記されていますが、台座裏に「紀元二千六百年記念」とあるので、正しくは昭和15年かもしれません。

【参考】Yamaji-LOG 豊岡小学校と今城神社

【アクセス】

四国中央市立寒川小学校

【二宮金次郎像データ】

 寄 贈 年 : 初 代  戦前   二代目  戦後
         三代目  平成23(2011)年11月
 寄 贈 者 : 初 代  不明   二代目  不明
         三代目  佐々木 實(昭和32年度卒業生)
 銘   文 : 勤倹力業
 材   質 : 初 代  銅製   二代目  陶製  三代目  銅製
 製 作 者 : 初 代  不明   二代目  不明  三代目  佐々木 實
 「勤倹力行」とは、仕事に励み慎ましやかにし、精一杯努力することという意味で、「きんけんりっこう」と読みます。

【アクセス】

四国中央市立中之庄小学校

撮影完了次第掲載いたします。

【二宮金次郎像データ】

 寄 贈 年 : 不明
 寄 贈 者 : 不明
 銘   文 : 不明
 材   質 : 石製
 製 作 者 : 不明

【アクセス】

四国中央市立三島小学校

【二宮金次郎像データ】

 寄 贈 年 : 不明
 寄 贈 者 : 不明
 銘   文 : 二宮尊德先生幼時之像
 材   質 : 銅製
 製 作 者 : 記載なし

【アクセス】

四国中央市立中曽根小学校

撮影完了次第掲載いたします。

【二宮金次郎像データ】

 寄 贈 年 : 不明
 寄 贈 者 : 不明
 銘   文 : 不明
 材   質 : 陶製
 製 作 者 : 不明

【アクセス】

四国中央市立富郷小学校

【参考】富郷小学校は平成14年に休校、平成25年に廃校となっています。跡地は工事関係者以外立入禁止となっており、解体を待つのみの状態です。

【二宮金次郎像データ】

 寄 贈 年 : 不明
 寄 贈 者 : 不明
 銘   文 : 二宮尊德翁幼時之像
 材   質 : 銅製
 製 作 者 : 確認不可

【富郷小学校跡をめぐる】- YouTube

【アクセス】

四国中央市内にある二宮金次郎像③ 〜旧川之江市〜

四国中央市立妻鳥小学校

【二宮金次郎像データ】

 寄 贈 年 : 昭和46(1971)年3月
 寄 贈 者 : 不明
 銘   文 : なし
 材   質 : 石製
 製 作 者 : 記載なし
 運動場拡張を記念して建立されたものです。

【アクセス】

四国中央市立上分小学校

【二宮金次郎像データ】

 寄 贈 年 : 不明
 寄 贈 者 : 在大阪 石川金三郎
 銘   文 : 二宮金次郎之像
 材   質 : 陶製
 製 作 者 : 記載なし

【アクセス】

四国中央市立金生第一小学校

【二宮金次郎像データ】

 寄 贈 年 : 昭和13(1938)年1月22日
 寄 贈 者 : 陸軍歩兵准尉 勲七等功六級 寺尾 敏彦
 銘   文 : 二宮尊徳先生之像  陸軍大将 川島 義之 書
 材   質 : 陶製
 製 作 者 : 記載なし
 二宮金次郎像の除幕式は、昭和14(1939)年11月3日に行われました。

【アクセス】

四国中央市立川之江小学校

【二宮金次郎像データ】

 寄 贈 年 : 昭和12(1937)年2月11日
 寄 贈 者 : 當町 井川岩三郎  井川 チカ
 銘   文 : なし
 材   質 : 石製
 製 作 者 : 記載なし

【アクセス】

四国中央市立南小学校

 「故陸軍」「父?太郎建立」「昭和13年8月」を読み取ることができます。もしかしたら、戦争(日中戦争か?)で亡くなった息子さんの遺志を実現するため、父親が建立したのではないでしょうか?

【二宮金次郎像データ】

 寄 贈 年 : 昭和13(1938)年8月
 寄 贈 者 : 陸軍兵の息子を支那事変で亡くした父親
 銘   文 : なし
 材   質 : 陶製
 製 作 者 : 岡山縣和氣郡伊部窯元 興樂園 友敬 作
 興樂園は、岡山池田藩の保護を受けた窯元六姓(木村・森・頓宮・寺見・大響・金重)の一つ、木村家が営む備前焼の窯元です。初代木村長十郎は1675年に藩に選ばれた筆頭御細工人で、以後代々長十郎を襲名しています。像に記されている「友敬」は十三代木村長十郎友敬のことで、彼が製作した二宮金次郎像は全国に現存しています。

【アクセス】

川之江市立下川小学校

【参考】下川小学校は昭和55年に旧川滝小学校の一部及び金田小学校と統合され、廃校となりました。跡地は現在、下川集会所として利用されています。

【二宮金次郎像データ】

 寄 贈 年 : 昭和41(1966)年
 寄 贈 者 : 昭和40年度卒業生
 銘   文 : なし
 材   質 : 陶製
 製 作 者 : 岡山縣和氣郡伊部窯元 興樂園

【アクセス】

川之江市立葱尾小学校

【参考】葱尾小学校は平成2年に旧川滝小学校と統合され、廃校となりました。跡地は現在、葱尾ふれあい広場として利用されています。

【二宮金次郎像データ】

 寄 贈 年 : 昭和12(1937)年12月
 寄 贈 者 : 大西 (?)史
 銘   文 : 二宮尊徳先生幼時之像  喜徳 書
 材   質 : 陶製
 製 作 者 : 岡山縣和氣郡伊部窯元 興樂園
 銘文にある「喜徳」とは一木喜徳郎(1867〜1944)のことで、日本の内務官僚・法学者・政治家です。二宮尊徳晩年の弟子で報徳思想の啓蒙に努め、大日本報徳社を設立した岡田良一郎の次男です。大日本報徳社の社長も務めました。

【アクセス】

川之江市立二名小学校

【参考】二名小学校は昭和44年に川之江小学校と統合され、廃校となりました。跡地は現在、川之江公民館二名分館として利用されています。

【二宮金次郎像データ】

 寄 贈 年 : 昭和13(1938)年8月
 寄 贈 者 : 帝國在郷軍人二名村分会
 銘   文 : 二宮尊徳像
 材   質 : 陶製
 製 作 者 : 記載なし
 自治制五十周年を記念して建立されたものです。

【アクセス】

愛媛県立川之江高等学校

【二宮金次郎像データ】

 寄 贈 年 : 不明
 寄 贈 者 : 川之江高等女学校の生徒たちによる
 銘   文 : なし
 材   質 : 石製
 製 作 者 : 記載なし

【アクセス】

四国中央市内にある二宮金次郎像④ 〜旧新宮村〜

四国中央市立新宮小学校

『新宮村誌』に記載がありますが、現在は撤去されています。

【二宮金次郎像データ】

 寄 贈 年 : 昭和18(1943)年
 寄 贈 者 : 不明
 銘   文 : 不明
 材   質 : 不明
 製 作 者 : 不明
 新宮小学校は平成19(2007)年に新宮中学校と統合し、現在地に移転しました。旧校の跡地も散策しましたが、二宮金次郎像はありませんでした。

【アクセス】

四国中央市立寺内小学校

【参考】寺内小学校は平成19年に閉校となり、跡地は現在「新宮少年自然の家寺内分館」として利用されています。

【二宮金次郎像データ】

 寄 贈 年 : 昭和32(1957)年
 寄 贈 者 : 不明
 銘   文 : 不明
 材   質 : 陶製
 製 作 者 : 不明

【学校がある風景】

【参考】ヨシゾーの漫遊記 四国中央市立寺内小学校跡をめぐる

【アクセス】

新宮村立新成小学校

【参考】新成小学校は昭和46年に閉校となり、跡地は現在「新宮少年自然の家」として利用されています。

【二宮金次郎像データ】

 寄 贈 年 : 昭和35(1960)年
 寄 贈 者 : 昭和34年度卒業生
 銘   文 : なし
 材   質 : 陶製
 製 作 者 : 岡山縣和氣郡伊部窯元 興樂園 木村友敬 作

【学校がある風景】

【参考】ヨシゾーの漫遊記 新宮村立新成小学校跡をめぐる

【アクセス】


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 いかがでしたか。この他にも二宮金次郎像がある場所を知っているという方は、コメント欄にてお知らせください。よろしくお願い致します。

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